
余白のある暮らし|特別編「きたの茶園」
土と香りの対話
きたの茶園とYohakuが育む、見えないものづくりの哲学
佐賀県嬉野市にある「きたの茶園」は、30年以上にわたり有機栽培に取り組み、自然と微生物の力を借りながら土壌を育ててきました。 一方、日本香堂が展開する「Yohaku」は、天然香料のみで香りを構成し、自然の奥行きを探求するブランドです。このふたつの世界が出会い、香りの余白に宿るものを見つめる新たなものづくりが始まろうとしています。今回は、きたの茶園3代目北野秀一さんとYohakuの澤谷さんにお話を伺いながら、香りの哲学について探っていきます。
自然が相手だからこそ、変化を受け入れる

きたの茶園3代目 北野秀一さん
北野さんは語ります。
「有機栽培において、年間50キロの窒素成分を与えるのは、容易ではないんです。自然が相手だからこそ、変化を受け入れ、想像しながら育てる必要があるんですよね」
現在、茶園では微生物の力を活かした独自の肥料を使用されています。水飴の絞りかすと米ぬかを発酵させた肥料は即効性があり、土壌にも植物にも優しいとのことです。それを葉面散布によって、茶葉の気孔からも吸収されるように工夫されているそうです。
「土壌だけでなく、葉にも働きかけることで、より早く効果が出ます。お茶は多年性作物ですが、こうした工夫によって品質が伴ってくるんですよね」
微生物と香り──日本の発酵文化との共鳴
北野さんは、日本の発酵文化にも触れながらこう語ります。
「日本は島国で、発酵文化が根付いています。米、味噌、醤油、みりんなど、保存性が高く、微生物を活かす知恵があるんです。お茶も同じで、旨味成分であるテアニンを引き出すには、窒素成分が必要です。自然栽培では窒素が少なく、思うように旨味が出ないんです」
きたの茶園では、微生物を活用した肥料を使い、土壌の分解を促進しています。温度管理や乾燥処理によって腐敗を防ぎ、熟成を進めることで、より甘みのある肥料に仕上げているそうです。

37年前に有機栽培に切り替えた、きたの茶園 2代目孝一さん
「微生物の力を借りて、お茶を作る。人間がどうこうするのではなく、自然の力をコントロールするという発想です。」
Yohakuとの出会い──香りの哲学が重なる瞬間
Yohakuとの出会いについて、北野さんは次のように語ります。
「最初は線香のイメージしかありませんでした。でも、Yohakuが天然香料にこだわり、日本の自然素材にスポットを当てていると知って、すごく共感しました。日本香堂さんのような大きなところが新しい取り組みを始めることは大変だと思うんです。香りの分野でローカルを強化する姿勢は、手本になると思いました」
Yohakuの澤谷さんもこう語ります。
「北野さんのお茶は、優しい甘みがあり、体に染み入るような味わいです。調香師の堀田も、他のお茶と比べて独特の余韻を感じたと言っていました。天然香料のみで香りを構成するYohakuの哲学と、きたの茶園の農法は、深く通じ合っていると感じています」
香りとお茶──1日のリズムに寄り添う提案
Yohakuでは、調香師の堀田さんによる「朝のお茶」「昼のお茶」「午後のお茶」というテーマで、香りとお茶の新しい提案を進めています。
「お茶の香りに柑橘のピールや植物の香りを添えることで、飲むだけでなく“感じる”お茶が生まれます。香りと味の余白を楽しむ、新しいお茶のかたちです」
堀田さんは食品の香りづけを専門としていないため、鼻だけで香りを確認しながら、北野さんと共にブレンドを調整していく予定です。お茶の種類や炒り方、香りの強さと余韻のバランスを見ながら、最適な組み合わせを探ることで、これまでにない香りも味も良いお茶が生まれようとしています。
香りのある時間──暮らしに静けさを取り戻す
現代の暮らしでは、急須のある風景が少なくなりました。ペットボトルのお茶が主流となり、香りを味わう時間は失われつつあります。
「急須を持っていない家庭がほとんどです。嬉野でもそうです。ですが、コロナ以降、心の安らぎを求める流れがあり、日本の良いものが見直されているタイミングに来ているように思います」
Yohakuときたの茶園の取り組みは、そんな時代に「香りのある時間」を取り戻す提案です。香りとは、瞬間ではなく、時間の流れの中で育まれるもの。空間に漂い、記憶に残り、感情を揺らす力があります。
香りの余白に宿るもの──見えない豊かさの再発見
北野さんは、香りの分析に関するエピソードも語ってくださいました。
2018年、「嬉野茶時」のプロジェクトで、堀田さんが茶葉の香りを分析し、「ジャスミンのような香りがする」と表現したことが印象的だったそうです。
「お茶業界ではなかった視点です。香りのスペシャリストが茶葉を嗅いで表現することで、まったく新しいステージが開けました」
香りとは、記憶であり、感情であり、静けさでもあります。
自然の無垢な香りや素材がもたらす静寂さや解放感は、私たちの心や身体に余白を生み出します。 そして余白は、自由な気分、大胆さ、好奇心となり、じっくりと自分に向き合い、調えるためのスペースにもなります。 余白を感じることは、とても豊かなことなのです。
お茶とお香──ふたつの世界が交差することで、私たちの暮らしに新しい静けさが生まれます。
それは、香りの余白に宿る、見えない豊かさの物語です。
Campaign

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文: 清水洋平(清水屋商店)
撮影:池田太朗