#1-1 今、新しくものをつくること

日本の健やかな土壌で育まれた和木や柚子、和ハッカなどのハーブ。生命力あふれる自然から抽出された精油を原料にしたフレグランスブランド「Yohaku」。「Yohaku」が生まれた背景を、クリエイティブディレクションを手がけた中原慎一郎さんにうかがいます。

――Yohakuの商品開発は2年以上前から始まっていました。その間に新型コロナ感染症の流行があり大きく生活様式が変わったなかで、中原さんご自身にはなにか変化はありましたか?

こういう状況になってから買うものや買い方がだいぶ変わってきました。たとえば……なんだろうな。まず、生活が変わりました。今までは仕事上海外に行く機会が多くて。サンフランシスコに年10回以上は行っていたんです。1度行くと2–3週間は滞在するので、年200何日は海外にいたのが、コロナだけが理由ではなかったんですが、そういう習慣が終わったというタイミングでのものづくりでもありました。

ここ数年、長野の森のなかに山小屋を借りていて、自然に触れて過ごす時間が増えたんです。できるだけゴミを出さないようにしているんですよ。特に、ペットボトルはいっさい触らないようになった。カリフォルニアで現地の友人のエコロジカルな生活をみて、勉強をさせてもらっていたこともたくさんあったし、生活自体が変わり山のなかにいる機会が増えて、だいぶ自分の基準もかわってきましたね。

アメリカ、東京、鹿児島。3つの拠点を持っていたが、数年前から東京を中心にした活動を切り替えた。休日は、長野の森の中にある小屋で過ごすように。近辺にはトレイルが多くあり、自然観察とハイクを楽しむ

――拠点の一つとしていたアメリカの中心の生活から、環境が大きく変わったのですね。ものをつくるうえでの変化はありましたか?

以前は家具にしても“何を作りたい”ということをメインで考えていたのですが、今は全体の流れにつながりがあるように、ということを重視しますね。こういう技術を持った人がいて、素材があって、そこに自分がどういうふうに加わってデザインをどうしていくか、ないしはどうプロデュースするか、ということを含めて全体の流れがいいことに関しては自分が関わりたいと思います。ものだけがあって、こういうのは売れるよね、という考え方は全くなくなりました。こういうものがまだないから作りたい、という感覚も今はないなぁ。

とはいえ、難しいですよね。プロジェクトだと戦略的にやらなきゃいけないこともあるんですけど、そのなかでも健康的な何かは持っておきたいというのはあります。健康的な何かっていうのは、自分的には1964年、IBMが全盛期のときにニューヨーク万博のために濱田庄司をアドバイザーのひとりとして呼んだことがあったんですよ。パビリオンのデザイナーはイームズだったんですけど。アナログの健康的な良さが、最新鋭のデジタルに必要だったから、濱田庄司を呼んだんでしょうね。

材料の話では、家具をつくるにしても今は山小屋にいることが多いんで、湿気のことは、前よりもすごく考えるようになりましたね。東京だと空調設備が整っていますが、山の中はそういうことがない。四季をダイレクトに感じられる場所なんで、家具はこういう方がいいなという新たな視点が生まれました。

――Yohakuは香りをメインとするブランドですが、香りについてはいかがでしょうか?

日本香堂はお香の文化を担ってきた会社です。長年、お線香など見てきてなじみはありました。今回、まず開発したのはフレグランスオイルだったんですが、お線香とは違うかたちでもう一度、香りの見せ方、感じ方を、どう自分たちの生活にいれるかっていうところを考えました。

自分もゆっくりする時間がだいぶ増えたので、そういう部分で感じ取れることを香りにうまく出せたらいいな、と。「時間」を香りにしたいと考え、朝、午前中、昼、夜、それぞれの時間のニュアンスを日本香堂の調香師である堀田龍志さんにお伝えしました。

――調香師は化粧品やフレグランス、洗剤など香りを調合するプロフェッショナルですよね。しかし、香りには形がなく伝え方も難しいと思うのですが、イメージする香りのニュアンスはどうやって伝えたのでしょうか?

4つの時間帯から彷彿する心象風景や色、素材感を写真でお渡ししました。カリフォルニアやヨーロッパ、旅の記憶だったりとか、自分が思う朝のシーンとか。ほとんど、自分が好きな国に行ったときの空気感なんですけど。そのイメージやキーワードから感じたものを堀田さんがブレンドされるんです。

昼をイメージして作った「Hayes Valley」に関しては、すごく好きな宿の風景ですかね。サンフランシスコで1時間半ほどあがったところの森のなかにある、一軒一軒、独立した小屋になった釣り人やハンターのための宿なんです。自分が一番憧れている宿ですね。そのホテルのためにミュージシャンが音楽をデザインしているんです。部屋に入ったら流れていて。僕は少しだけ聞いたら、もうあとは聞かないんですけどね、自然の音を聞いている方がいいから(笑)。その近くに暮らす友人宅にも、草原があったりするし、そこでの風景には大きな影響を受けました。

旅の途中で宿泊したカリフォルニアのシー・ランチ(Sea Ranch)の海岸。秋の鮮やかな夕焼け。

暖炉の炎の明かりがレストランの雰囲気も料理もより美しく見せてくれる。カリフォルニアのビッグサー(Big Sur)にて。

サンフランシスコの友人のベランダにて。紅葉の美しさは、どこも同じ。

――「爽やか」「甘い」といった具体的な表現でコミュニケーションをとるのではなく、写真やイメージする色から香りを生み出す、というのがおもしろいですね。また、ブレンドオイル4種類がそろうことで、それぞれが持つ「時間」の個性が際立つ気がします。香りについてうかがった前編。後編では、日本とアメリカ両方のデザイン文化に通じる中原さんらしさにあふれた、「Yohaku」のプロダクトについてうかがいます。

#1-2へ続く

朝の光を感じさせる「Sunrise」、午前中の清々しさを表現した「Monk Tree」、太陽をたっぷりと受けた干し草のような懐かしさを持つ「Hayes Valley」、ディナータイムや大人の嗜みをイメージした「Moon Jazz」。時間を感じさせたい、とのコンセプトから4つの香りを創香した。

Profile

中原 慎一郎 Shinichiro Nakahara
1971年、鹿児島県生まれ。「ランドスケーププロダクツ」ファウンダー。オリジナル家具などを扱う「Playmountain」、カフェ「Tas Yard」などを展開。2019年より個人での活動として、鹿児島のクラフトウイスキー「嘉之助蒸溜所」のデザインディレクターを務める。

インタビュー・文: 柳澤智子(柳に風)
場所: TOKYO CRAFT ROOM