#2-2 ナチュラル、サスティナブル、セイフティ。 この3つを備えた、クリーンフレグランスを目指して
* 前編はこちらから。「#2-1余白を生む香り」
――前回お話をうかがった、さわやかな印象が強い「Sunrize」「Monk Tree」に対して、「Hayes Valley」「Moon Jazz」は甘みがあるというか、また違った方向性を感じます。
「Hayes Valley」に関しては、色のイメージはブラウン。藁を燃やしたときのような懐かしさのある暖かさや、夕日を浴びた干し草のふんわりとした匂い。そんなノスタルジックな香りを中原さんがイメージされていました。 ヘイという干し草由来の香料があるんですよ。まさに干し草の懐かしいような香り。それをミドルノートに使って、さらに全体的に甘さがある感じにしようと思いまして。「Sunrize」「Monk Tree」に比べて、バニラに通じるような甘みがありませんか? トンカビーンというケーキなど料理にも使う豆由来の原料を使っているんですよ。
「Hayes Valley」のトップノートには、個人的な郷愁から選んだというマンダリンとクスノキ。ミドルは干し草由来のヘイとパチュリ。ラストにはセダーウッドとトンカビーン。積み上げられた干し草のぬくもりにクスノキのさわやかさをのせて「ノスタルジック」を感じさせた。
余談ですが、人は甘さに懐かしさを感じるらしいんです。ヨーロッパでは、香水にバニラをよく使うんです。フランスの調香師が言うには、ヨーロッパの人たちは子供の頃からアイスクリームをよく食べるんですって。アイスって基本的にバニラ味ですよね。バニラの香りがするというのは、イコール若いということ。女性を、若々しく見せてくれる、ということでバニラなんですね。トンカビーンにも、そんな甘くノスタルジックな印象があります。
あとは、クスノキをいれることにしたんですよ。なぜかというと僕は九州出身で、九州にはクスノキが多い。小さい時、木登りしたのはたいていこの木でした。自分にとってノスタルジックというとクスノキ。これはもう、クスノキでいこうと(笑)。
マンダリンという柑橘も入っています。昔、こたつのなかでみかんを食べた思い出は、日本人ならありますよね。ほかにも柑橘由来の原料はありますが、マンダリンというのもおもしろいかなと。そういうものを少しずつ忍ばせて、トンカビーンと一緒にひとつのぬくもりを表現しています。
――多くの人が持つ共通認識と、実に個人的な思い出が混在しているんですね。「Moon Jazz」はいかがでしたか?
色でいうと黒とワインレッド。大人、夜、ディナータイムという言葉がキーワードでした。「Hayes Valley」のぬくもりある甘さとは違う官能的な甘さを出したいな、と考えて、ミドルノートにはローズ、ジャスミンといった花の女王を。ラストノートにはさきほどのトンカビーン。それから、食事のあとはコーヒーを飲んだりするので、実際にコーヒーの天然香料を使っています。トップノートには、あえてユズを使いました。同じ柑橘でもユズっていうのは苦味があって大人びた香り。夜、官能、リラックスといったことを表現できたと思います。
「Yohaku」には、日本と西洋の精油の組み合わせるというお題があり、和ハッカ、ヒノキ、クスノキ、ユズといった日本の材料がシンボルとなるような調香をしています。コンセプトのひとつでもあるクリーンフレグランスであることも、しっかり合致させてつくりました。
ラボにはさまざまな香料が並ぶ。料理と同じで香料は材料によって千差万別で、ヨーロッパには、希望する香料の原料を求めて世界中を探し求める調香師もいるとか。
――クリーンフレグランスとはなんですか?
ナチュラル、サスティナブル、セイフティ。この3つを備えたものをクリーンと呼ぶようですね。食べ物やファッションは、世界的にオーガニックであることが見直されていますよね。フレグランスにもその流れはきています。IFRA(イフラ:The International Fragrance Associationの略称)という香料業界の国際機構があるんですが、「Yohaku」では、その規制をクリアした100%天然精油を使用しています。
――さきほどうかがった原料のすべてが100%天然香料ということですか。
そうですね。香料の世界のマーケットの中心は合成香料なんですよ。合成香料が悪いわけではないのですが、今回の「Yohaku」は、すべて天然香料を使って世界観を作りたかった。合成なら手に入りやすい原料でも、天然だとそういかないこともがあります。そのなかでも、和ハッカは北海道、ヒノキは三重、ユズは栃木の手絞り、と産地や質の良さも心がけました。 EUのGHS規制、アメリカのVOC規制※と、化学品には厳しい規制があるんですが、国内だけでなく世界的な基準もクリアしています。ですから、「Yohaku 」はクリーンなフレグランスとして、本物の自然の香りを、人体的にも環境的にも安心して使っていただけると思います。
※GHS規制:化学品の危険有害性(ハザード)ごとに分類基準及びラベルや安全データシートの内容を調和させ、世界的に統一されたルールとして提供する規制。
※VOC:常温常圧で空気中に揮発しやすい有機化合物のこと。アメリカではVOCの排出規制が早くから行われ、基準が厳しいことで知られる。
Profile
1975年大手香料メーカー入社。1981-82年パフューマーとしてフランス、ドイツ、アメリカなどで研修、1994年海外大手メーカーの日本支社に転職。1998年資生堂研究所香料研究室入所。香料研究室の室長や主任調香師として香りの開発に従事。2017年4月日本香堂入社。現在まで研究室に在籍し各種製品用の香料開発を担当。フランス調香師会正会員、公益社団法人日本アロマ環境協会顧問、日本調香技術普及協会名誉理事を務める。
インタビュー・文: 柳澤智子(柳に風)
撮影協力: TOKYO CRAFT ROOM