#3-1 森と山の国、日本。
『日本書紀』にも登場する 木の誕生秘話・有効利用術

Yohaku」の原料は、三重のヒノキ、宮崎のクスノキ、栃木のユズや北海道の和ハッカといった天然精油を使用しています。香りを通じて、体内に自然を取り入れる。こんなことができるのは、豊かな森林資源を持つ日本だからこそ。香料や民間薬、消臭剤、殺虫剤……、古代から人は、樹木から大きな恩恵を受けてきました。3回目となるこのコラムでは、木と日本人の関係について、60年近く樹木の研究に取り組む谷田貝光克先生にうかがいます。

Yohaku ヨハク コラム谷田貝光克

――前回(調香師・堀田龍志さんへのインタビュー )では、ヒノキ、クスノキ、スギの香りを調香されたことが印象的でした。名前はもちろん知っていて木自体もよく見るのですが、どういう木なんでしょうか?

ヒノキ、クスノキ、スギは『日本書紀』に出てくるほど、日本人とは縁が深い木なんです。スサノオノミコトがヒゲを抜いたらスギに、胸毛を抜いたらヒノキに、眉毛はクスノキ、尻の毛はマキになったと書かれているんですよ。

――神様の体の一部が木となったとされているのですね。なぜ、毛を抜いたのかが気になるところではありますが……。

『日本書紀』の「巻第一 神代上」では、韓郷の島には金銀がある。渡るには舟がないといけない。それで、舟を作るために毛を抜いて木にしたと書かれているんです。さらには、木の特徴によった利用法も書かれていて、スギとクスノキは舟にせよ、ヒノキは宮を作る材にすべし、マキは墓に入れる棺にせよ、と。

――出土された古代の丸木舟にクスノキが多い理由が腑が落ちました、水と湿気に強いクスノキの性質を利用しているんですね。

そうですね。クスノキは、加工もしやすい木なんですよ。仏教が浸透する飛鳥時代に製作された仏像には、クスノキが多用されています。本来、中国では仏像にはビャクダンが使われていましたが日本には生育していなかったため、ビャクダンのように強い芳香を持ち、比較的彫刻がしやすいクスノキが選ばれたのでしょう。法隆寺の救世観音像(※聖徳太子の等身像と伝えられる:国宝)、百済観音像(※飛鳥彫刻を代表する像:国宝)が知られていますね。

――まさに適材適所なんですね。一方、ヒノキは法隆寺、宇治平等院鳳凰堂、伊勢神宮、正倉院の柱などに使われていることで有名です。法隆寺は、建立から1300年以上たっています。世界最古の木造建築の凄みを感じます。

ヒノキは耐朽性、殺蟻性が高いんです。最近、法隆寺よりも100年ほど前の568年ごろに伐採されたヒノキが使われたお寺(=元興寺 がんごうじ)があることがわかったんですよ。ヒノキの耐朽性には驚かされますね。 歴史ある神社の境内には必ずといっていいほど、立派なスギが植えられていますね。古代の人は、高く真っ直ぐに成長するスギを、神に最も近い木だととらえたんです。仏事用の線香にスギの葉が使われていましたが、身近にあったからだけでなく、スギの神々しさが人の心を動かしたんでしょうね。
ヒノキとスギは、我が国の固有種なんですよ。

Yohaku ヨハク_コラム 杉の木
Yohaku コラム 杉

――ええ!日本にしかない木なんですか。

そうなんです。スギもヒノキもわが国の固有種、本来、日本だけに生育している木なんです。植林によって、海外にも植えられていることはありますが。 戦後、成長が比較的早いスギや、高級木材として利用されるヒノキは大量に植林されましたね。50-60年ほどたって、用材として十分な太さに成長しさまざまな用途に使われていますが、その一方で間引き、伐採された樹木は放棄され問題となっています。その有効活用のひとつが、精油採取。枝葉からさわやかな香りを抽出し、芳香剤や殺虫、抗菌などの生理作用を利用した商品の材料となるんですね。

――谷田貝先生のご著書『文化を育んできた木の香り』(フレグランスジャーナル社)で、日本は、森の国といわれるフィンランド、スェーデンに次いで国土に対し森林の面積が大きい、森林率の高い国とありました。 その日本の森林が、木材の輸入が増え林業従事者が減っていることから荒れていると聞いていましたが、樹木から採取する香料は、森林の保護にもつながりうるのですね。小さな希望を感じます。

戦前までは木や草などの天然素材からつくられていたものが、ほとんど合成品に置き換わっているでしょう。大量生産による合成品は簡単に安く手に入り、確かに私たちの生活を便利にしました。その反面、化石資源を使うことで二酸化炭素濃度が上昇し、地球温暖化による異常気象、環境汚染や副作用、合成品の廃棄処分など、さまざまな問題が表面化していますね。そうした背景から、森林の重要性、可能性が見直されています。限りある化石資源と違い木は再生産可能であり、燃やして出る二酸化炭素も成長する植物が光合成によって吸収するので大気中の二酸化炭素の濃度の増減も少ない。地球温暖化に加担することのない環境にやさしいクリーンな素材として植物資源に大きな期待が寄せられているんです。

――森林は生活の源という言葉が、谷田貝先生の本のなかにありました。古代から現代までかかわり方はかわっても、森林がなければ人は生きられないのですね。
後編では、森林が持つ香りの効能についてうかがいます。

* 後編はこちらから。「#3-2日本の樹木の香りで自然の力を体内に

Profile

Yohaku ヨハクコラム 谷田貝光克

谷田貝 光克 Mitsuyoshi Yatagai
1943年、栃木県宇都宮市生まれ、東北大学理学部化学科卒業、同大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)。米国バージニア州立大学化学科博士研究員、米国メイン州立大学化学科 博士研究員、農林省林業試験場林産化学部研究員、同炭化研究室長、農水省森林総合研究所生物機能開発部生物活性物質研究室長、同森林化学科長。東京大学大学院農学生命科学研究科教授、秋田県立大学木材高度加工研究所教授。同研究所所長・教授、フレグランスジーナル社香りの図書館などを歴任。
現在は、(NPO)炭の木植え隊理事長、(NPO)農学生命科学研究支援機構理事長、グリーンスピリッツ協議会会長、炭やきの会会長、日本木酢液協会会長、木酢液認証協議会会長、木質炭化学会名誉会長などを務める。

インタビュー・文: 柳澤智子(柳に風)
撮影協力: TOKYO CRAFT ROOM